本当の自分で生きられないということは、依存と犠牲の中で生き続けなければいけないことだとも言えます。
古い日本社会はこの依存と犠牲の上に成り立っていたと言っても過言ではないかもしれません。
親のため、家のため、国のため、○○のため…と、常に誰かのために生きることを強要されてきました。
それは自分が決めた道ではなく、生まれた時からすでに決まっていました。
長年、このような支配的な社会の中で生きてくれば、いずれは行き詰まってしまうのは当然だと思います。
私の中でこの価値観が大きく揺らいだのは、コロナ渦がきっかけだと思っています。
それまでの自分は人間社会を中心として生きていました。
ですが、ニンゲンと接することが強制的にできなくなったことで、自然という存在がどんどん大きくなっていきました。
そして、今では自然を中心とした意識で生活をしています。
このことで、ニンゲンの独りよがりな物の見方が変わり、自然や地球、さらには宇宙全体で物事を捉えるようになりました。
自然は決して私たちを癒してくれる添え物のような存在ではありません。
私たちはみな宇宙からやってきて、地球で自然の一部として生まれてきたのです。
なので、本来は自然と人間社会を別々に捉えることはおかしいことで、さらにニンゲンが自然や地球を支配しているという考え方も、非常に傲慢で奢り高ぶった思考だと思っています。
ニンゲンがどんなに地球を支配しようとしても、大規模な自然災害が起これば、ニンゲンの無力さを嫌というほど思い知らされるのです。
だからこそ、日頃から各人が自己対話を通じて、自分の内面を整えることを習慣にしていくことで、自然や地球、宇宙と繋がることができると思います。
ニンゲンの私たちそれぞれが依存や犠牲ではなく、自立や自律をすることによって、周りと良好な関係が築けていくのだと思っています。