「誰かや何かのために自分ができることをしたい」という気持ちは尊重したいことですが、それを行うためにも、まずは自分自身を整える必要があります。
どんな物事を行うにも、十分な準備が必要です。
しかし、ともすると「誰かのために~」だけが目立って一人歩きをしてしまい、そのための事前準備をないがしろにしてしまう危険性があります。
私が日本に住んでいるからかもしれませんが、日本人は特に自己犠牲が強い人が多いように感じています。
自分を整えずに誰かのために行動してしまうと、自己犠牲に繋がりやすくなり、豊かさや幸せから遠ざかってしまいます。
まずは自分が心から豊かさや幸せを感じることができなければ、誰も幸せにすることはできないでしょう。
自己犠牲が続いている原因を知るために、日本の過去の歴史を振り返ってみました。
古代の身分などによる格差、宗教の誤った捉え方、武家社会の封建制度、家制度から派生した家族や身内のしがらみ、戦争などによる同調圧力や命の犠牲、仕事を通じての働き方の問題、経済問題、人間関係、ステレオタイプが良しとされる社会など、理由は一つではなく、多岐に渡っていると感じました。
さらに日本は自然災害が多い国ですが、こうした思考や意識、認識の歪み?がさらに災害を拡大させているのかもしれません。
また、時代が変わるとともに、自己犠牲になる対象も変わってきています。
この先も「根本的な何か」が変わらなければ、自己犠牲が続いていく恐れがあります。
この先の自己犠牲の対象はもしかしたら、インターネットやSNS、AI、または新たに登場する何かかもしれません。
自己犠牲は言い換えると依存になります。
常に外側の何かに依存する人たちが多ければ多いほど、それが大きな力となって、「好ましくないのにそれをやるのが当たり前」という虚像を生み出してしまうでしょう。
そのような好ましくない世の中にならないためにも、自己対話が必要不可欠だと感じています。
自己対話を通じて自分に忠実に生きることが、自分を整えることになり、世の中が好ましい方向に向かう最短ルートかもしれません。
「根本的な何か」とは「自分に忠実に生きる」ことで、それを継続していくことが、自己犠牲の世の中にしていかないためにも、とても重要だと思っています。