物質世界をさらに深掘りしていくと、そこには依存(犠牲)世界があることが見えてきました。
物質世界は、自分以外の外側の目に見えるものが中心となっています。
そして、自分以外の目に見えないものが中心となっている世界もあり、これもまた依存世界なのでしょう。
目に見える、見えないに関わらず、自分の外側の何かを中心として動いてしまうと、そこには依存(犠牲)が生まれてしまいます。
当然、自分の外側の何かに重心を置くのですから、自分との間にズレが生じてきます。
これがストレスとなり、さらに外側に合わせていけば、何らかの病気になってしまうのは必然的と言えるでしょう。
ストレスや病気は「自分とズレていますよ」という内なる自分からのサインです。
これを無視し続ければ当然、状態や症状はさらに悪化してしまいます。
一見、これらの原因は自分の外側にあるように思えるかもしれません。
常に自分の外側に重心を置いて生きてきたのであれば尚更です。
しかし、本当の原因は自分の内側にあります。
自分の内側を無視して、外側にばかり目を向けていれば、どんどん事態は悪化してしまいます。
ですが、自分の内側に意識を向けることで、本当の原因が分かり、根本的に解決、好転していくことができます。
物質世界が中心となったのは人類の歴史から見れば、そう長い期間ではないでしょう。
それよりも前には、自分の外側の精神世界に依存する時代があったのかもしれません。
人類は長い間、何かに依存する世界を生きてきた(作ってきた)とするならば、今、そこから卒業する時期がきているように思います。
多くの人々が本来の自分と分離してしまっていたからこそ、優劣や格差のようなものを感じてしまっていたのかもしれません。
他にも、自分以外の外側の何かに依存しなくても、自分自身に依存するということもあり得るでしょう。
これもまた、自分に対して無理をさせることに他ならないような気がしています。
あくまでも自然体のままの「あるがまま、そのままの自分」でいることが、「私は愛そのもの」であるという無理のない本来の自分の姿なのではないかと思います。
私はこの長い間続いてきた依存世界を卒業するために生まれてきたのかもしれません。